C)世田谷区の花「サギソウ」
このサギソウ(鷺草)には哀しい伝説があります。
「世田谷城主・吉良頼康(第7代)には、家臣の大平出羽守の娘で常盤姫という美しい側室がいて頼康の寵愛を一身に受けていた。
古くからいた側室がこれを妬み、常盤が不義を為したとあらぬ讒訴をしたため遠ざけられた。悲しんだ常盤は幼い頃から愛育した白鷺の脚に遺書を結びつけ、両親の住む奥沢城(世田谷城の支城=現在の九品仏駅近くの浄真寺がある場所)に放った。たまたま奥沢城附近で狩をしていた頼康が白鷺を射落としたところ、脚に手紙が結んであったので開いてみると常盤の遺書であった。頼康は驚いて世田谷城に帰館したが時すでに遅かった。白鷺の射落とされた場所からは一本の草が生え、やがて鷺にも似た可憐な花をつけた・・・」
また、別の説もあります。「天正十八年の小田原の役にあたり、世田谷城が囲まれて落城しかかったときに、姫が白鷺の脚に文を託して奥沢城の援軍を求めたが、奥沢城も包囲され、白鷺は射落とされた。その場所に咲いたのが・・・」というのです。
鷺草はもともと田んぼの脇などの湿地に自生する草だそうで、かつては世田谷区のそこここでも見られたそうですが、いまや奥沢城など数箇所くらいでしか見られないそうです。
鷺草は浄真寺の本堂脇の池に群生しており、世田谷区の鷺草園になっています。
なお、世田谷城の支城や砦は、奥沢城の他に三宿城、大平出羽砦、等々力城、烏山砦などがありました。